2010/05/12

私と水彩画・・・それでもまたイギリスへ

展覧会に出品していると「どのくらい描いているのですか」「この絵は何処ですか」と聞かれることが多いようです。

多くの出品者は実際10年なのに「3,4年でしょうか・・・」などと曖昧で過少な返事をします。10年と答えると(それでその程度か)と思われるのを心理的に回避したいからでしょう。短く答えておけば「えっ そんな時間でこんなに・・・・」と思わせ本人には気分的に有利かもしれません。

実際はHow long・・・・?ではなくHow many・・・・?なのですが、答えが「そうですね。もうかれこれ300枚になりますか・・・」では会話にならない感じです。



さて自分を振り返ってみて、私が水彩画をまともに描き出したのは1994年7月のイギリスへの夫婦旅でした。バーフォードやマーローという田舎町で、目の前に広がる優しい風景に引き込まれるように小さな絵を夢中で描いたのを懐かしく思い出します。人生観を変えてしまうような旅の心象を今でも忘れることが出来ません。私の水彩画は確かにあの時に始まったのだと思います。

その年から6年続けてイギリスに、ある時はレンターカーで、ある日はローカル列車で、ひたすらスケッチの旅を続けました。やがてコッツウオルズは私の中では第2の故郷となり、訪ね歩いた村は44箇所を数えるほどになりました。



一方では安野光雅の「イギリスの村」の画集に魅せられ、前後してNHKで放映された安野さんの「風景画を描く」という趣味の講座をきっかけに、水彩画を本格的に取り組んでみようとの思いがますます募ってきました。 仕事の会間を見つけて自由に学習できるNHKの通信講座も3年にわたり履修しました。2002年1月にたまたま出会った前川隆敏先生という水彩画家に5年間師事し、あわせて朝日カルチャースクールで7年にわたり常世隆先生の薫陶を受けました。

イギリスやアメリカの水彩画家の著書(和訳、原書)も数限りなく読みました。

2002年4月にはチャーチル会に入会し、絵を通して多くの方々との交流の場を得て現在に至っています。2004年1月には数人の方に請われて水彩画グループを立ち上げました。現在の「みずき会」の前身です。今は25名を数える教室となり、水彩画展を開けるところまで育ちました。



先の質問に対しては、私の水彩画歴(作品として残ってる履歴)は16年と云うことになります。

然し何といっても私の水彩画の原点はイギリスの風景です。そしてそれは今でも変わることなくバックグランドになっています。とりわけ「コッツウオルズ」の村々を訪ね自然の広がりや中世の家並みに触れ、ゆったりと流れる時間の中でのんびりと過ごすのがこよなく好きです。農家や鄙びた宿でさえどこか貴族的なエレガンスが漂うのは、華美というより質朴を美徳とするような慎ましい暮らしの匂いを感じるからでしょう。そして時間に取り残されてしまつたような美しい村はやさしくて純粋で、水彩の画趣に満ちています。



「貴方は何故風景水彩画を描くの?」これも良く問われることです。きざっぽく云えば、「自然がそこにあるから」ということでしょうか。「自然に教えられながら描きとめて行く、風景というモデルに触発されて自分の絵を創っていく」安野流に言えばこうした表現が適切かもしれませんが、自然を模倣するわけでなく形も、色も、光や影も自分の感性で受け止めて絵を創ってゆくそのプロセスが楽しいのでしょう。

ウエット・ イン・ ウエットの偶然性(絵具と水のバランス、混色のさじ加減、紙の乾き具合でにじみの表情が変わる、もう元には戻らないバックランなど)はその都度絵の雰囲気を変えます。美しく出来た時のときめきをもう一度の想いで描いているのかもしれません。

私の好きな作家の一人に右近としこが浮かびます。彼女の著書「ウエット・イン・ウエットで描く」は技法的な示唆に富んでいます。あと全く画風は違いますがデビット カーチスというイギリスの水彩画家やマリリン シマンドル(米)の著書(但し原書)は思わず引き込まれる程の魅力に満ちています。



話題は変わりますが、偉大な写実画家のアンドリュー ワイエスは亡くなるまで、かたくなにペンシルベニアやメイン州の田舎に住み、平凡なもの、目の前にあるものを眺め描き続けてきた作家です。決して印象派を輩出したヨーロッパの自然を描こうとはしなかったそうです。

私ごとき趣味か、道楽で絵を描いている輩が何故わざわざイギリスに行こうとするのか。もう何度も行ったではないか、日本にだって沢山の自然美が深く横たわっているのにと、自ら問いただすこともあります。

然しそうした比較や選択の問題ではなく、向き合う心や呼び覚ます記憶の懐かしさからなのでしょうか郷愁にも似た、心に染み入る想いに誘われて今年またコッツウオルズの旅スケッチに出かけます。

あの崩れかかった家並みは、あの石畳は、小さな石の橋は、大きなシンボルツリーはあの時のままでいてくれるだろうか。木漏れ日の降り注ぐ森の散歩道にいてローズマダージェニュインとコバルトブルーで葉陰を、蜂蜜色の家はローシェンナとバーミリオンそれに少しのセルリアンブルーを混ぜてみようか。


牧歌的な丘はサップグリーンにインデアンレッドをちょっと、あまり使わないコバルトバイオレットとコバルトブルーの混色など、イメージトレーニングが始まりました。

今年の旅はこれまでと形が違って20人のツアーになりました。添乗員のいない手作りの旅ですが、さぞかし賑やかな珍道中となることでしょう。

願わくは心穏やかな静けき時のまどろみを。            以上




2010年5月