2010/03/10

イギリス旅行の楽しみ方


 
今年は7年ぶり(9回目の訪問)にイギリスの旅が約束されていて何となく心が浮き立ち、ふるさとに帰るようなときめきすら覚えている。

あのどことなく貴族のエレガンスを感じてしまうコッツウオルズの佇まいが、目に浮かんで、しみじみと旅情を誘う。森の散歩道、小川のせせらぎ、路地裏の石畳、ライムストンの家並み。目に浮かぶそのすべてが心地よい旅の行方を告げている。そしてともすればおぼろげになっている記憶を呼び覚ますように小さな旅は始まっていくに違いない。

この6月28日~7月9日「羽佐間英二と行く英国コッツウオルズの旅スケッチ」のプランが出来上がった。どうしてもこのマナーハウスに泊まりたい。このスポットで描きたい。

緑滴る木陰で時が止まるような安らぎの中にじっと身を委ねたい。

しかも薔薇の咲き乱れる ブライダルジューンの最中に3連泊、5連泊の贅沢なプランを実現してくれた「ワールド・ブリッジ」の栃木さんには感謝の言葉も無い。

先のエッセイ「水彩画の良く似合う英国の田舎町」は思いのほか好評だったので、今回は旅を楽しくするヒント集をお送りする。これは私の積み上げたメモランダムなので、旅行案内書とは一味違う手作りのSPかもしれない。

・ のんびりと汽車で辿る旅

イギリスの列車は快適というわけではない。ロンドンのすべてのターミナルでその日によって出発のプラットホームが異なるので、旅行者は大きな電光掲示板を仰ぎ見て待つことになる。番線が決まると人々は一斉に自分の乗る列車をめがけて走り出す。

改札チェックは一切無い。降りる時もそうである。車内での車掌の検札はきちんとしている。合理的であり、何度も関門のある日本に比べると気分がいい。

困るのは列車に行き先表示が無いことだ。どこに行くのか、目的の駅で止まるのか確かめて乗る必要がある。私もある時その時間に正確にやってきた列車に飛び乗りこれが時間遅れで到着した特急でロンドンまでノンストップの列車であった。乗り換える予定駅を通りすぎてからそれに気が付き、ロンドンから引き返して目的地に着いたのは夜更けてという出来事もあった。

トーマスクックの時刻表(日本でも売っている)は時折間違えがある。日本の旅行誌等のアクセスや所要時間もいい加減な場合がある。時刻表はその駅でもらえる無料の物が正しくハンディで良い。

ローカル線では多くの列車はドアがボタンで開ける半自動か、自分でハンドルを回して外側に開けるタイプのものである。アガサクリスティの小説の雰囲気であり旅ののどかさを感じる。ファーストクラスは線によっては6人のコンパートメントになっている。といってそんな豪華なものでもなく、かえって密室に閉じ込められている感じがする。

夜間などは少し不安がある。(オリエント急行の殺人 をイメージしてしまう)緊急時は紐を引っ張って知らせるのだが、いたずらで触ると50£の罰金である。(地下鉄も同様)道路以外は鉄道に頼るしかないので鉄道網はよく整備されている。然し民営化されて久しいが、競争してサービスの向上や施設の改善がと思うけど、古き伝統を大事にする英国人さながらに頑固なまでに昔のやり方を貫いている。突然本日はストライキ、も日常茶番事である。車窓に広がる景色の広大な美しさに比べると列車や駅やサービスの質は劣るのが実感である。

それでものどかな各駅停車のローカル線の旅は、英国ならではの旅情に満ちている。

ブリットレイル パスという外国からのツーリスト向けのサービスがある。切符を買う手間が省けるし、コスト的にも大幅割安感がある。シニア向けの割引も嬉しい。車内の検札もこれを持っているとツーリストとして敬意を表してくれる。但しローカル線ではあまり見かけないらしく戸惑っているコンダクターもいて、こちらが仕組みを説明する場面もあった。こんな微笑ましい出会いを乗せて汽車の旅はゆったりと続く。


・ ロンドンはバスが面白い

ロンドン市内の足は他の国と同じようにバス、タクシー、地下鉄の3つでそれぞれ独特の個性を持っているが、楽しめるのはダブルデッカーと呼ばれる例の2階建ての赤いバスであろう。それも新式のワンマンバスではなく旧式の車掌つきのがよい。乗る時は停留所でルートNO.を確かめて、降りる時は外の景色を眺めながらこの辺だと思って赤いボタンを押したり、紐を引っ張ったりして降りる意志を告げる。行き過ぎたら信号待ちの間に適当なタイミングで飛び降りている人もいる。勿論車掌に予め頼んでおけば

大声で停留所名を教えてくれる。次は○○というアナウンスは無いので、降りたいところで降りろといった感じである。一日券を買えばどこで乗っても降りても何回でも自由である。2階に座りっぱなしで往復を楽しめば観光にもなる。

馴れてしまえばこれほど便利なものは無い。無料のバスマップは必携である。

目的地に早く着きたい場合は地下鉄を選ぶことになる。パリと並んで穴倉と迷路で暗くて汚い。単なる移動の手段と考えたほうがが良い。

ロンドン市内を動き回る場合はバス、地下鉄共通のワンデイ トラベルカードが激安で便利である。ZONE1,2を買っておけば市内の殆どが網羅できるし、何度でも乗れる(前は2,80£だった)


・ ノーブルなタクシードライバー

黒塗りのタクシー(ブラックキャブ)は快適である。ドライバーも紳士然としていてマナーが良く、博識である。かなり難しい試験をパスしてのドライバーなので信頼度は高い。乗る時は助手席の窓を下げてもらい行き先を告げてokなら後部の扉を自分で開けてまずはレディを乗せて自分も乗ってドアを閉める。降りる時はこの逆となる。ドライバーは市内の地理や道路事情に詳しく、最も適したルートを走ってくれる。

料金メーターは二つあって合算したものが支払うべき運賃である。曜日とか時間帯でベース料金を別建てで支払う仕組みである。着いたらたらまず外に出て窓越しに金額を聞いて料金を払い、別に10%~15%のチップを払う。

ドライバーはポーターでは無いので、車体の高いオースティンの後部座席にスーツケースをヨイショ!と乗せるのはこちらの役目である。ホテルではドアボーイがやってくれる。

湖水地方やコッツウオルズなどでは、タクシーと時間契約をして回るのが一番である。

ショーファーと称する案内ドライバーが親切にポイントを回って説明してくれる。一日80£位で請け負ってくれる。

私はこの方法で2日間湖水地方を回ったが、通常1週間滞在してこなせるような広範囲の行程であった。勿論簡単なスケッチをしながらである。


・ スケッチはレンタカーがベスト

ある年コッツウオルズの村々を3日間で300KMほどレンタカー(プジョーのコンパクトカー)で走ってみた。道路は整備され、標識も見やすいがその地方の詳しいロードマップは必携である。一般道路は50~60マイル、高速は80マイルの制限スピードとなっているが、ハイウエイでは皆お構いなしにぶっ飛ばしている。ポリスカーによるチェックにはお目にかかったことが無いがカメラチェックで後々御用となるらしい。

ラウンド アバウトというロータリーのようなものがやたらと多い。時計回りオンリーで右側優先の単純なルールなのだが、これが慣れるまでちょっと神経を使う。しまったと思ってもあわてないで、ぐるぐる回りながら出る方向を見極めて、抜け出すこととなる。信号方式よりスムーズで流れが良いので渋滞は殆ど無い。

英国のガソリンスタンドはペトロール ステーションといい自動給油方式である。日本のシステムと変わりない。ロンドンのような複雑な道路は無理として、レンタカーで行くスケッチ旅は制約がなく、これはと思うスポットで車を止めて描けるので便利この上ない。右ハンドルであるのが何よりも抵抗が無い。細い道に進入することもあるので、1000cc程度の小型車が良い。


・ イギリスは美味しいか?

イギリスにグルメの旅をする人は珍しいといわれる。確かに肉料理とか魚料理とかの

違いはあってもソースは単純な味だし、ついている野菜はボイルしただけの水っぽいものである。細やかな加工とかデリケートな味わいとは程遠い。だから単純にハム、ソーセージ、ベーコン、ロストビーフとかマッシュルームのソテーといった単品の方が美味しい。普通は3コースとしてスターター、メインディシュ、そしてスイーツとなっていてそれぞれその中からメニューを選ぶ。スープは案外美味しいしボリュームもある。パンはどこで食べても失望することない。だからホテルでの朝食はコンチネンタルタイプのもので充分である。パンとママレード、フレッシュジュース、ティー、フルーツで楽しめる。何しろ料理というものはボリューム本位である。パスタなどは深い皿に山盛りで出てくるので、シェアーするしかない。たまにレデースポーション プリーズで少なく盛り付けてくれるビストロもあるが、あまりお構いなしである。サンドウイッチ、フィッシュ&チップスなどパブも然りである。

甘いスイーツを無理やり水で流し込んだあと、また出てきた銀製の器の蓋を恐る恐る開けたら中身はチーズのアソートメントだった時は思わずのけぞってしまった。

ステーキはウェルダンで注文すると適当に焦げ目がついていて美味しい。魚料理は

サーモンか鱒が定番であるが、コッドという鱈のような白身の魚にソースのかかった程度のもので、いわんや焼物、煮物、加工した魚料理にはありつけない。ドーバーの舌平目など高いだけで美味しくない名物もあるのでご用心を。

水は硬水なのでとにかく紅茶の風味は抜群といえる。ミルクテイーがポピュラーなようだがむしろプレーンの香りを味わったほうが良い。スープが美味しいのも水のせいかもしれない。英国のホテルは水道水を飲んでも差し障りは無いが、ボトル入りのミネラルウォーター(ノンガス)を薦める。

ビールは生ビールがいける。ワンパイントはさしずめ中ジョッキ、ハーフパイントは小

ジョッキ(1£)といった感じである。ワインは日本のレストランの半値程度である。勿論ピンキリだけど、フルボトルで15£位が普通である。

アフターヌーンティーのひとときはホテルのラウンジ、パブ、街なかのティルーム等

どこでもリーゾナブルに楽しめる。本格的なハイティーとなると、サンドウィッチのアソートメント、ジャム、生クリームつきのスコーン、イチゴのタルトや甘くないシュークリームなどなどの3段トレーとあつあつのティーポットとうすめ用のホットウオーターが出てきて一人5~10£くらい。午後のひとときおしゃべりをしたり、本を読んだりの、のんびりとした時間が過ごせる。街なかではティーとクッキーなら2£で楽しめる。日本の喫茶店の何とばかばかしいことか。

ついでに、どこの国でも同じだが、町なかで日本料理は食べないほうが無難である。

中華は気軽に行けるが当たりはずれがあって、必ずしも満足を得られるわけではない。

お昼のわんたん、焼きそば、チャーハン、といった定番物はまず問題ない。。

日本語つきのメニュー看板で誘っている店は避けて、チャイニーズのお客が入っている

小さな店が狙い目といえる。ロンドンではチャイナタウンを外れた町なかに店を構えている老舗がおすすめである。つい感激してチップを弾んでしまい、あとでやり過ぎたと後悔のこともある。

ツーリストにとって、イギリスは不味いとの間違った定説があるが、本格的なレストランで味わうモダンブリティシュと呼ばれる料理は素晴らしいし、ロンドンでは各国料理

を思いのまま味うことができる。

林望によると「イギリス人は味の個人主義があって、フランス人のようにこれは正しいのだといわんばかりのお仕着せの味付けを強制しない。だから必ずテーブルに置いてある食卓塩で自分の好きな程度に塩味をつければよい」と云っている。

  これは納得のゆくコメントである。イギリス人はもともと塩味に対する感覚が鈍いだけのことなのだ。あの水っぽい温野菜には是非適量の塩をどうぞ。

  ついでにイギリスの料理店はパブ、ブラッセリー、ビストロ、レストランの順序で

  ランキングされていると思えば良い。


・ショッピングは地方都市が面白い 

ロンドンでボンドストリートや.リージェントストリートでウィンドウショッピングするのは華やかで楽しい。オックスフォードストリートというのは人が多いだけで、汚くて、柄が悪いので避けたほうが良い。ロンドンよりも地方都市に行った折に気に入ったものが割安で買えるので、気をつけて歩くと良い。現物の良し悪しを自分の目で確かめて、値段と相談し、買うとなったら、ベストプライスを引き出して求めると良い。私はポートベロー(映画・ノッティングヒルの恋人で有名)のマーケットが好きで、ロンドンでの半日をここで費やすことが多い。アクセサリーやアンテーィクの店を覗いて歩くだけでも興味は尽きない。パブの看板のミニチュア、スケッチのポストカードや画材、ガラクタ市の小物、めちゃ安の果物(夜・ホテルで)などだんだんとバッグが重くなってしまう。

それにしても、日本人は何故外国に来て日本のデパートでものを買う習性があるのだろうか。何もここまできて三越の包装紙で丁寧にラッピングされたお土産を買い込むこともあるまいと思うしデパートならハロッズのほうがすべてにおいてエキサイティングでエクセレントなのだから。

イギリスと日本の物価を円ベースで比較してみる。

高いもの

タバコ、鉄道(BR)の運賃、料理全般(中華も含め)、ホテル代、VAT(消費税)

チップ

安いもの

衣料品、(スーツ、シャツ)靴、ビール、ワイン、観劇、街のスナック・ティー、地下鉄・バス代、タクシー代、 このあとミュージカル、ホテル事情などなど紹介したいこともあるが、今日のところはこれにて中締めとします。                 

 ところでおまけにもう一つの小知識を付け加えます。(これも林さんの説)

 イギリスを旅しながら似たような名前の町や村に出会う。そこに名づけの意味があるはずだと思っていたが、地名の末尾につく意味合いは次のようなものである。

  ~ton   ~の農場

  ~don   ~の丘、または谷

  ~worth  ~家の所有地

  ~chester  ~城

  ~ham   ~の入植地

  ~ford   ~の渡し



 これだけでも旅の楽しみがまた一つ増えたような気がする。    以上                    

          

2010/01/21

大衆演芸に感動す

16日に恒例の3兄弟新年会がありました。今年のアトラクションは寄席をということで、チェックをしていましたが、どうも気に入るものがなく、今流行の3D映画にでも行こうかと相談していました。
数日後、横浜の場末に「三吉演芸場」というのがありそこで「春陽座」というのが公演しているらしとの情報が入りました。何となく聞いていたのですが、とにかく下見をしてみようと現場下調べに直ぐ出かけてみました。
「阪東橋」という地下鉄駅で下車「横浜橋通商店街」という活気溢れるアーケードを通り抜けたところに想像以上の立派な建物が目に飛び込んできました。小さな小屋程度のイメージだったので、これに驚き直ちに、ここに決めた!となりました。以下所感をブログ用にまとめました。


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 過日恒例の三兄弟新年会で、大衆演劇 「春陽座」の公演を観た。


メインのお芝居は鬼平犯科帳の中から「般若と菩薩」の一幕三場の単純な構成であり、舞台も簡素な設えで田舎の芝居小屋といった感じ。眠くなるのでは・・・の予感は冒頭の火付盗賊改方 長谷川平蔵(テレビでは吉右衛門のはまり役)の登場場面から消し飛んだ。

放火殺人犯のお仙という女を処刑すべく西方から江戸に向かう途中、立ち寄った旅籠での出来事である。ここでお仙は離れ離れになっていた仙吉というわが子とふとしたことで再会の機会が訪れる。人殺しの子といじめられていた仙吉は母恋しの再会で親子は抱き合って涙ながらに喜びを分かつ。(このあたりの情景でこちらもうるうるとなる)

お仙はせめて江戸までの10日間を仙吉と共にしたいと平蔵に懇願する。平蔵は”それはならぬ。見るも無残な姿で処刑される母の姿をまぶたに焼付け、息子仙吉は一生を送ることになる。”として泣いてすがるお仙の思いを聞き入れない。

仙吉が場を離れているわずかな間に「仙吉を預かりわが子として立派に育てるのでお前はここで胸を突いて果てろ、今すぐにだ」とお仙に迫る。お仙は笑みを浮かべて自ら命を絶つ。そこに戻った仙吉は短刀を胸に突き立てた母の変わり果てた体に身を沈め 「なぜだもうずっと一緒だと約束をしたのに母ちゃんのうそつき」と泣き叫ぶ。平蔵は静かに仙吉をいたわりながら幕は下りてゆく。


こんな芝居なのだが、皆泣いてしまった。プロの役者の羽佐間道夫が涙が止まらないほどの芝居であった。これは本物だと感じた。この主役3人の演技は見事であった。そして私は、平蔵のような、般若のような厳しさの中に菩薩の心を持つリーダーが少ないことを痛感していた。

ところでこれを機会に大衆演劇を調べてみたら200程の劇団が登録されていることが分かった。「春陽座」のように殆どが家族や一族で構成し厳しい練習、修行を重ねている。私が驚いたのは芝居のレパートリーの多さである。今回の「春陽座」もこの1月公演で一日として同じ演目の日はない。日替りで同じ客を集めるという手法かもしれない。

大衆演劇の要素をまとめてみた。

1、お芝居のストーリーが単純であること
2、セリフが短く判りやすいこと
3、笑いを誘い、一方で泣けること
4 役者が余り洗練されず泥臭いこと
5、入場料が安いこと

三吉演芸場は昭和5年にその源があるらしい、昭和48年に正式に立ち上げ、平成10年に今の立派な建物が出来上がったという。清潔感溢れる良い劇場だと感じた。

帰路の「横浜橋通商店街」が面白い。500mのアーケードの左右にお店が隙間なく立ち並び京都の錦市場の感じである。往きに見当をつけ、帰りに買い物を薦める。安くて良質の買い物が出来る

大衆演劇と庶民の市場・・・いつもとは一味違う新年会であった。

2009/12/17

第九を歌い終えて

歳末の風物詩とも呼ばれる第九も終わった。

601人の大合唱が県民ホールを揺るがし、歌い終えて鳴り止まぬ拍手を浴びながら、私は1954年12月15日、日比谷公会堂で歌ったあの日の感動をかみしめていた。

その年の年末には奇しくも、現鳩山首相の祖父である鳩山一郎内閣が誕生したのであるが、洞爺丸事件が起きた年である。自衛隊が発足したのもこの年であった。

うたごえ運動が津波のように全国に広がる中、私も「合唱団白樺」というセミプロコーラスにいてロシヤ民謡の魅力に取り付かれ青春の炎を燃やしていた。

翌55年3月に結婚するも新婚時代の甘美な想いは更に無く、公演や会の運営に狂奔していた。ショスタコビッチの「森の歌」や第九といった大曲に取り組んだのもその頃であった。

最後のフロイド シェネル ゲーテルフンケン(歓喜よ、美しい神々の火花よ!)と歌い終えると ブラボー!の掛け声とオベイションに会場は割れんばかりの賛美と感動に包まれる。

時は流れても、あの日も今日もその熱気は同じであった。

そして今年は孫とのコラボで同じ舞台に立つことができた。お互いに良い思い出になることだろう。孫の駿之介はこのブログにも時折登場しているが現在早大の3年生。私の薦めもあり早稲田大学合唱団という混声合唱団に所属している。今年の第九の前日はその54回定期演奏会(杉並公会堂)であった。4部構成のプログラムであったが、洗練された歌声はよく響き、夫々の曲想も心に伝わってきた。
彼は夜遅くまで新宿でのコンパに参加し、朝早くからのゲネプロに駆けつけてきた。就活の忙しい中、私の誘いに応じ参加してくれたことに感謝している。

このブログを発信する彼の母の美知は11月23日に同じ会場で丸紅の60周年記念演奏会に参加している。この数週間私達は歌ったり聴いたりで合唱三昧に明け暮れた。今は心地よい疲れを感じている。

明日私は所属する絵画クラブ・チャーチル会ヨコハマのチャリテイ絵画展を閉幕し今年のスケジュールをほぼ締めくくることとなる。   英二

2009/12/08

水彩画の似合うイギリスの田舎町

「コッツウオルズ」礼賛

ヨーロッパを訪れると古い町並みや緑滴る田園風景に魅せられて思わずスケッチブックを取り出してしまう。

運河沿いに連なるブルージュの中世の建物、色とりどりの木造建築物が立ち並ぶ港町ベルゲン、木組み模様の建物が軒を連ねるストラスブールなどは絵心をそそる素材に溢れ、もう一度行ってみたい所である。

ロンドンから西北に200kmほど離れた所に田園の詩情流れるコッツウオルズ地方が広がる。なだらかな起伏が何処までも続く緑の丘陵を、区切るように点在する小さな村々を地図を頼りに気の向くまま訪れる。せせらぎや丘を渡る風の音に耳を傾け絵筆をとっていると、まるで世紀末にタイムスリップしたような錯覚にとらわれる。

イギリスの田園やライムストーンの質朴な建物を描くとなるとやはり水彩画が良く似合うような気がする。油彩ではぎらついて透明感が損なわれるからであろう。

安野光雅画伯は好んでイギリスの村を描いているが、その自然のやさしさに惹かれて必ずコッツウオルズ地方を訪れるという。

「夜が明けた。白い光が窓から射し込んでいた。鳥の声に囲まれているらしいことがわかったので飛び起きて窓の外を見た。うっすらと朝霧が立ち込めていた。庭の右手には清冽な川が流れている。川面には落ち葉を浮かべ、川底には増すが遊んでいたのだった」これはバイブリーという村での安野さんの描写である。そこには安野絵画の世界があの淡い彩色そのままに広がっていたに違いない。

ハニーゴールドやグレイの、光線によって微妙にその色合いを変える建物の表情は息を呑むように美しい。かつてイギリスの貴族や上流階級の人々の生活の場がカントリーハウス(田舎の館)であったように、現代の忙しい都会暮らしのイギリス人が田舎町にウィークエンドホームを持ち、庭仕事を楽しむのも頷ける。私はコッツウオルズの村々ウを訪ね歩きながら都会暮らしにあっても心はいつも田舎に向けられているイギリス人の、住まいに対する考え方を少し理解できたように思う。

ローマ人が都市文明をつくり、イギリス人が田園文化を作ったと言われるが、正にその原風景ともいえるコッツウオルズはいつ訪れても心の安らぎと貴族のエレガンスを感じさせてくれるところである。


イギリスの鉄道
ロンドンには8つの鉄道の始発駅があってここを基点に網の目のように鉄路が張り巡らされている。

さすが鉄道発祥の地だけあって何処に出かけるのも便利でローカル線を殆ど目的地の近くまでアプローチできる。ヨーロッパ全域をまとめたトーマスクックの時刻表は日本でも入手できるが、田舎町への旅は夫々のターミナル駅で手に入るそのエリアごとの時刻表が便利である。

厄介なのは曜日によりタイムテーブルが変わり、その日によって発着のプラットホームが異なることである。ターミナル駅での旅行者は構内にある大きなデジタルボードを見上げてプラッホームのナンバーが表示されると一斉に自分の乗る列車をめざして走り出す。

改札チェックはないのだが列車に行先表示がないのはなれない旅行者には不便である。

私も違う列車に飛び乗ってとんでもない方向に向かったことがある。それに列車は日本のように正確に走っていないので特に途中駅で乗る場合は気を配る必要がある。

鉄道の料金はリーゾナブルといえる。ローカル線を走るコンパートメントは旅情を感じさせてくれる。

乗り降りは手動の開きドアである。外国からの旅行者のみの優待パス(ブリットレイルパス)は長い旅でうまく使うとかなり割安である。シニア向きの割引もあってこれを持っていると検札の時敬意を表してくれる。

現在イギリスは分割民営化され国内だけで20社の鉄道会社があり年々そのサービスの質も良くなっている。鉄道王国の異名を取るイギリスを手作りのプランで鉄道旅行をするのも楽しい。

ロンドンからのワンデイトリップの日記
「パディントン発4時50分」・・・これはアガサ クリスティの小説のタイトルであるが、物語は、大きなスーツケースを持った老婦人が改札からプラットホームを右往左往する描写から始まっている。

然し今ではロンドンを代表するこのパディントン駅は改札と反対方向からタクシーや乗用車がプラットホームまで乗り入れが出来て便利この上ない。

この日は鉄道のストライキで長距離列車は運行停止だが9時のオクスフォード行きは幸いにして定刻通りに運行すると聞いてホッとする。

オックスフォードまでは1時間程度の行程だがオープンサロン風の快適な車内で本を読んだり、ものを書いたりしているカレッジの学生が多く静かで走る書斎といった感じである。

メイドンヘッドという駅でローカル線に乗り換える。緩やかに蛇行するテムズ川に沿ってなだらかな起伏の連なる美しい田園風景が車窓を流れる。

司馬遼太郎は「車窓が切り取って行くどの瞬間もよく構成された絵画というほかない。ただ一種類
なのだが見飽きることが無いのは秩序が持つ魅力としか言いようが無い」と車窓からの風景を言い表している。

なだらかに広がる牧草地でのどかに草を食む牛や羊達の群れが途切れると、遠く霞む丘の中腹に白い領主の館(マナーハウス)や中世の美しい教会の尖塔が見え隠れし、どこを取っても車窓を額縁とした絵画の構図と思えてくる。

やがてテムズ川が車窓の左右に大きく曲がって執着のマーローに到着する。ここはイギリスに
詳しいエッセイスト・林 望の推奨する田舎町の一つである。

白とレンガ色のコントラストの美しいハイストリートをしばらく進むとテムズ川にかかるビクトリア時代調の白い吊橋がありその向こうに350年前に建てられた「コンプリート アングラー」という優雅なホテルが現れる。

橋望は友人と二人でここで「イングリッシュ トラディショナルティー」を楽しむのだが、そのメニュー
は4種類のサンドイッチ、甘くないシュークリーム、いちごのタルト、クリーム ジャムつきのスコーン、それにポットに入ったティーといったものである。イギリスでは通常アフターヌーンティーと称するものはこのようなメニューなので、小食の日本人にはかなり重い。

私達夫婦は川岸に張り出したガーデンテラスでのどかなティーだけの時間を過ごす。7月も
半ばなのに川面を渡る風は冷たくセーターが欲しいくらいである。長いつり橋の向こうに赤い屋根のマーブルチャ-チが川面に影を落としているあたりを細い挺身のボートが差簡易行き交っている。

このマーローから一日一便だけ上流の「ヘンリー オン テムズ」という町まで船便がある。ここの船の旅が今日のハイライトで夏の風物詩とも言えるのどかなクルージングである。

しばらくは岸の左右に品格のある館が見え隠れしハウスボートが繋留されている別荘地が続く。

つい眠くなるような昼下がりの深い静寂の中を船は進む。ピクニックを楽しむ老夫婦、釣り糸を垂れている少年、木陰のチェアーで本を読んでいる婦人などさまざまな風景が流れるうちに、やがて遠くに羊達の牧草地が広がるだけの単調な景色に入れ替わる。

あでやかな緑のじゅうたんに野薔薇が咲き乱れ、小鳥達の声の他に何もない静けさを突然破るように、鱒釣りに興ずる人の笑い声がして誘われるようにこちらも手を振ってしまう。
狭くなった川幅が再び広がると明るく洒落た雰囲気のヘンリーの街並みが見えてきて2時間余りの船旅は終わった。

 毎年7月上旬に「ロイアル レガッタ レース」が催されてこの期間にこの町は上流社会の社交場になるという。賑わいの去った町はまたもとの表情を取り戻していた。テムズ川沿いの散歩道を辿る道すがらふと立ち寄ったテラスバーで200年もの伝統のある地ビールで乾杯し私達の少旅行はフィナーレを迎える。

今日は流れてゆくそれこそ絵のような風景に心を奪われてスケッチをする間も無かったようである。

いつの日か、あのコンプリー トアングラーに滞在してガーデンテラスからテムズの朝もやに煙る優美な教会の佇まいを描いてみたいと思っている。

2009/11/06

芙容グループ40周年記念演奏会によせて

芙蓉グループ合唱祭の成功おめでとう。久しぶりに、本格的な合唱を楽しみました。

ハーモニーも美しく、声も良く出ていて日ごろの練習の成果が充分発揮されていた。

何処の混成合唱団もアルトに数で圧されて、特にテナーが貧弱になるが、そんなアンバランスもなく調和が取れていた。

男声は精鋭揃いで高音、低音ともに卓越した響きを聴かせてくれた。

親しみやすい世界の歌から・・・では「黒い瞳」が情感にあふれ、「箱根八里」は切れ味の良い歌声が心地よかった。

やはり圧巻はシンフォニーオーケストラつきの「土の歌」とラストの「アイーダ」よりの合唱曲。量感とダイナミズムに溢れ、時にしみじみとしたリリシズムも伝わり、激しく、美しく、万感迫り来て感動的だった。

スタンディングオベーションを送りたかったが、日本人は慎ましいというか、感動すら表現するのをたじろぐのか、誰もそうしようとしないので私もその習性に従った。そして余韻を味わった。

「土の歌」を聴きながら、昔朝日の合唱祭で歌った合唱組曲「蔵王」を思い出していた。そして勝子は美知の歳で歌ったショスタコビッチの「森の歌」を彷彿としたという。

私は、又12月の第九への情熱が燃えたぎってきたようだ。英二